五木はデビュー当初から「古賀メロディーを自分の持ち歌にしたい」と熱望していたが、古賀政男がコロムビア専属作曲家であると云ういわゆる“レコード会社間の壁”に阻まれていた。
ようやく五木の熱意が実り、古賀メロディー「浜昼顔」が誕生するには誕生するが、五木のために書き下ろされた新曲という訳にはいかず。
古賀政男は既に発表された自作曲にリメイクを施した上で再発表することが度々あり、今回も1936年7月頃、藤山一郎に提供した「さらば青春」にリメイクを施し、1955年12月、青木光一に「都に花の散る夜は」として提供したものに再度リメイクを施し、詩人の寺山修司が題と詞を付け直している。
前述の「旅鴉」を除き、山口洋子以外のゲスト作詞家を迎え入れたのは自身ではこれが初めて。
最高位5位、登場週数29週、40万枚に迫る売上げを記録。